信じるとはなにか
2012年11月。初めて遠征のとき、東京から福岡へ向かう飛行機からの景色。 書き終わって、最初に戻ってきているのだが、わりと重めの話になっているところもあるのでご心配せずに読んでくれると幸いです。 内容は、安室さんを好きな理由、第二弾にして最終形です。 ずっと書きたかったことをやっと書けました。以前書いた第一弾は記事途中で登場しますので、気になったら読んでみてください。 ---------------- 安室さんのファンクラブに入ってから3年後の2012年、ここから、数年に渡る安室さん追っかけ人生がスタートしたわけだが、急に何で2012年のことを書こうと思ったか理由を話すと、先日Facebook内をなんとなく眺めていたらこんなものを見つけた。 2012年からずっと使うことなく放置していてた個人名のFacebookを、今年の初めから久しぶりに使い始めたら、こんなグループあったのを全く覚えていなくてビックリ。名前は私がつけたらしい。(ってメッセージの最初の方に書いてあった)確かに私っぽいネーミング。 友達とじっくり腰を据えて話す場として設けた「精神と時の部屋」 見返すまでスッカリ忘れていたけれど内容を読んでみると思い出せるものばかりで、このやりとりもその一つ。 「心底安室ちゃんを信じることにした」 これ以前、尊敬する人はダライ・ラマや星野道夫さんと公言していて、女性で憧れたり尊敬する人はいなかった。ヒッキーは好きだったけれど、女性だからというよりもダライ・ラマ、星野道夫さんと同様に思想が好きという文脈だった。 けれど、安室さんはその文脈から初めて外れる。 同じ女性として自分を変えていくきっかけにしたいというのが一つにあった。 そしてもう一つ。 それは、肉親を亡くしてもなおしなやかに美しく強く見えた安室さんを見ていこうと決め、だからこそ「信じる」という言葉をあえて使ったように思う。 高校生の時に父親が亡くした私は、事あるごとにそのことが思い出され深い虚無感に苛まれ、辛いときとともに日々を過ごしてきた。幸い、友達もいて趣味・好奇心もあったから、病気にもならず普通の生活はできていたけれど、それでも悲しみは減ることなく、時に大きく襲いかかってくるからその度にダメな自分に直面し失望するばかりだった。 そんな私にとって...