息子さんのために書いたSay the word、安室さんがファンのために歩んでくれた5年間、それを見続けた私の日々 - Twitterボットはディーバの夢を見るか

息子さんのために書いたSay the word、安室さんがファンのために歩んでくれた5年間、それを見続けた私の日々

2017/11/25 0:11

昨日、NHKで「安室奈美恵 告白」が放送された。
久しぶりにたくさん書いた。原稿用紙14枚程度。

25年間の歌手としての人生、引退についての59分間。
NHKだけでなく、引退が発表されてからhuluや日テレで安室さんのインタビューを目の当たりにし始めたら、何だか今まであんだけ安室さんのことをあーだこーだとたくさん文章にしていたのに、言葉があまり出てこなくなってしまっていた。頭ではたくさんのことを考えているのにそれをまとめることができなかった。というか、まとめる必要性を感じていなかった。

だって、今までは安室さんが何も語らないから、こうなのかな、ああなのかなと想像し、自分の中で安室奈美恵さん像を作り出し分かろうとしたかった。でも、安室さん自身から発せられる言葉を聴けばそんなの必要ないし、そっか、、、そうだったのか、という想いが最も強くなる。

昨日放送されたNHKでもそんな気持ちで見ていたけども、でもNHKで語られたことは今までのインタビューとは一線を画していた。昔の紅白に出演した自分の映像を見て涙したり、SUITE CHICが起点となり安室奈美恵を取り戻したことを打ち明けたり、テレビに出ない理由だったりと初めて知った内容が多かった中で、もっとも衝撃的な事実が2つあった。

それはSay the wordが息子さんのために書いた歌詞ということ。もう一つは、2012年にすでに引退を決めていたこと。

その2つは、とても自分に深く関わっている。

Say the word

2009年に安室さんのファンになる切っ掛けとなった曲で、それだけなら特に取り上げる必要もないんだけども、小室さんプロデュースから離れた初めての曲であり、これからの決意表明的なものだと(と安室さん自身もそうインタビューで語っていた)考える中で、どうしても分からない言葉があった。

求めあうだけでいい

「君だけのために戦える」「ありふれた言葉でいい 聞かせて欲しい」「同じ光を浴びたい」など、安室さんと誰か別の存在がこの歌の世界にいて、その誰かという対象はファンだったり、大切な誰かだったりというのを想像していた。

今思うと何故その中に息子さんの存在が入っていなかったのかと思い返してみると、家族のことだけでないけど、安室さんは自分自身のことをさほど語らないというところから、仕事に家族への気持ちを直に持ってくることはないという人間像を作り出していたからだろう。

「求め合うだけでいい」以外の言葉の対象は、ファンを含む大切な人で意味は通じる。でも、「求め合うだけでいい」だけは大切な人ではとても違和感があった。
求め合うだけでいい場合もあるけど、でもこれからたった一人で歩いて行くための歌の中ではミスマッチのように思えた。だから、セザワを聞くときはいつも、この意味はなんだろうなぁと思いを巡らせていた。

でも、息子さんのために書いたということを聞いた今、セザワに書かれている世界全てがクリアに繋がった。

「求め合うだけでいい」
こどもはひとりで生きていくはできない。それを身をもって体感した言葉。

「同じ光を浴びたい」
授かった生の喜びや尊さ。

「ありふれた言葉がいい 聞かせてほしい」
息子さんのしゃべり声。

ただの私のイメージではあるけれども、でも長年の疑問だった歌詞がすっと入ってきてスッキリした反面、特定の対象が息子さんと分かってしまうと今までと同じようにセザワを聴くことはもはやできない。全てをひっくり返され、その威力がありすぎるエピソードで、消化するのに時間が掛かりそう。率直すぎる言葉の数々をどう聴いて良いのか分からない。知らないほうが良かったのか、知って良かったのかさえもまだ分からない。

セザワから話がややずれるけど、息子さんのために書いたセザワのあとに出したのがI WILLで、今度はファンのために書いた歌詞を次に発表する安室さんってなんか上手く言えないけどファンへの気遣いと言うか優しさなのかなとか思ったり。

話を戻すと、セザワの事実が私にとっては衝撃すぎて、というか衝撃にしてしまったのは、私が勝手に作り出した安室さん像なわけだから自業自得とも言う。

そして次。

2012年に引退を決めていたこと

20代の後半から引退がちらつき始め、2012年、20周年のときに引退という言葉がリアルに目の前に訪れ、20周年は自分の気持ちを精査、自分に問いかける1年としていたこと。なので、2014年に勃発した独立・引退説騒動はまるっきりの嘘ではなかったという事実。

この時の安室さんの言葉を書き起こした。

リアルに引退が目の間に来たのは20周年のとき。
20周年は自分の気持ちを精査する1年。自分に問いかける1年。
最終的に20周年が終わったあとに引退することができなかったので、そのときはすべて本当にやり尽くした、自分の思いの丈も、やれることすべてをやり尽くしていたので、その20周年のあとに引退出来ないって知ったときに、あ、、、どうすればいんだろうって、燃え尽きてしまっていたので次に何をするって考えられずにしばらくいて、でも、いやいや、こんなんじゃいけないし、私がこんなん風になっていたらファンの人たちが絶対に悲しんじゃうから、こう自分が今まで以上にワクワクしたり、今まで以上にドキドキすることをするにはどうしたらいいんだろうって考えて、次の引退を25周年に定めてと思っていたので、じゃぁこの5年をどう過ごすべきか、5年後にそのデビュー当時に思った大きいコンサート会場で引退するだって夢は叶えられないかもしれなかったので、20周年でやれたのも奇跡だったし、それなのに5年後にもう一回できるなんて絶対にあり得ないと思ったので、この5年間はとにかくコンサートでファンの皆さんに楽しんでもらうっていう5年間に集中しようと。なので毎年毎年のアルバムのリリースの計画を立てて、みんなに喜んでもらえるようなアルバムを作って、でコンサートをして。

「引退することができなかった」「引退出来ないって知ったとき」の言葉は更に衝撃的だった。自分自身のことなのに、「(意思を覆され)できなかった」、(自分自身のことなの第三者から聞かされ)知ったとき」
物凄い大きな権力のなかで、それでもなお20年間自分のやりたいことを模索し行動を起こしてきても、最も大事は決断を遂行できない柵から抜け出すために、安室さんは独立を決めたってことなんだろう。

あと、25周年、40歳を引退の年にした理由について、
「歌を歌う自分自身にピリオドを打つにはいい節目の年なんじゃないかなと思いました。」という言葉を耳にしたときに、別名義で歌うというほんの少しの期待はもろくも崩れ去ったように思う。
「歌を歌う自分自身にピリオド」安室奈美恵とは言わずに自分自身という言葉を使った。
ダンスは?ダンスはするのかな。


2012年

安室さんが引退を決めた2012年というのは、私が安室さんに対して熱狂的なファンになった年でもあった。福岡・北海道・大阪・名古屋・シンガポールを周り、初めて遠征というものをした。シンガポールでもう終わりにしようと思っていた矢先にまさかの中止に見舞われ、ファンクラブをすでにやめていたにも関わらずFEELが発表さたのと同タイミングでファンクラブに舞い戻った。楽曲の素晴らしさと数回のライブ中止の無念を晴らすため(なのか?)
それからが私の安室さんフィーバーの幕開け。

そういえば、だからなんだって感じだけど、偶然にも20周年のとき、私はファンクラブをやめてもうこういうの終わりにしようって思ってたときに安室さんも辞めることを考えていて、今年はブログもTwitterもやめて、ライブももう行くのやめにしようと思っていたら安室さんは引退を発表しちゃうってタイミング同じ過ぎて良いんだか悪いんだかさっぱり分からない。

話を戻す。

2013年

2013年にFEELが発売されたのと同時にレーベルがDimension Pointというエイベックス内のプライベートレーベルに移籍し、引退への道は始まっていた。

ってかさ、燃え尽きたと語った人が作り出すアルバムじゃないよね、FEELも _genicも。FEELについてずっと書こうと思っていたのに、FEELを作ったときにすでに引退を決めていたという事実を知る前に書いておきたかった。時すでに遅し。ほんと馬鹿。

いつも強気な歌詞や応援歌的なものが多かったのに、Aliveやスタダでは助けを求めていたり苦悩しているさまが出ているのが不思議だった。生きれるか、死ねるかなんて歌っているスタダが今までの安室さんの歌の世界観と全く違うし、でも生きる力が漲っていた、というか振り絞っていたあのパフォーマンスに魅了され続けていたけども、どんな気持ちで歌っていたんだろうか、なんて気持ちを抜きで書きたかった!!!!

とはいえ、Aliveやスタダに関してはライブの感想でそれなりに書いているから(多分)まぁいいか。

FEELのパンフに書いてあったメッセージや、2014年に雑誌「Numero」で語っていた「安室奈美恵が音楽を続ける理由とは? 「自分のためにという意識は1ミリもない」」(Numeroは即買。私も安室さんと一緒に喜びたい - Twitterボットはディーバの夢を見るか)の意味をようやく理解した。

パンフの言葉は、安室さんが自分自身を奮い立たせる言葉だったんだね。

THE VOICE
Feeling relaxed at the 21st anniversary.
Not to lack motivation
but to enjoy the challenges more freely.

Setting mind at ease,
hoping to challenge even further.
with innocence and full of curiosity.

2013--
Don't miss the pumped up Namie Amuro this year.


21周年を迎えて、 すっと抜けた去った肩の力。
それは、脱力、というものではなく
より自由に、より楽しんで
チャレンジング出来るようになった、という感じ。
心が身軽になった分、
今まで以上に、攻めていきたい。
不思議の国のアリスのように、
無邪気に好奇心いっぱいに。

2013--
今年も攻めっ攻めの安室奈美恵に期待してください。

2014年

あと数週間でツアーが始まるという、安室さんたちにとっても私たちにとってもとってもとっても大切な時期のあの夏、突如週刊誌で独立だ、不倫だ、引退だ、騒ぎ立てられ、2014年の夏から2015年の春までの間、どれだけ胸をえぐられる思いをしたことか。

ドームでも(ドームは言わなかったこともあるけど)FEELでも、ライブの終わりに必ず言っていたセリフ「また遊びに来てね」を安室さんは頑なに発しなかった。誰もその言葉を言わないことに疑問を持ち、多くの人の頭にもよぎった言葉が、週刊誌で取り沙汰された独立騒動・引退だった。引退をするかもしれないから、だから「また遊びに来てね」を言わないんだと。

でもそれって裏を返せば、皆が安室さんの信じているってことなんだよね。安室さんは嘘をつかない。取り繕って何かをすることはないって誰もが信じていたから、余計に引退がリアルだった。

でも、たった一度、ファイナルの日にだけ、その言葉を大声で叫んでくれた。NEVER ENDも披露してくれた。

あのとき、大粒の涙を流しながら思ったのは、安室さんは私たちのことを知っているということ。知っているからこそ、最後にいつもの言葉を発してくれたりネバエンを歌ってくれて私たちを安心させてくれたんだと。だからこの先もずっと続いていくことを信じてやまなかった。

詳しくはこちら
LS2014#16 安室さんは私たちのことを知っている。安室奈美恵 LIVESTYLE2014in 代々木第 一体育館(12月23日)


2015年

2015年の初頭、安室さんは事務所を離れ、全曲未発表の _genicが発表され、その後に個人事務所を立ち上げ独立したのを目の当たりにし、この先ずっと続いてくものだと確信した。

詳しくはこちら



2015年のツアー、LIVEGENICが終った数日後、なんとビックリ88公演(のちに追加公演をし全100公演)のホールツアーを発表。


2016年

前代未聞な公演数のLIVE STYLE2016-2017は安室さんにとって、感謝のツアーにしたかったと語っていた。
今まで応援してくれてありがとうっていう感謝のツアーにしたかったので、それが25週年のときにやってしまうとしんみりしてしまって、多分泣いてできないと思ったので、そこは自分だけのツアーのテーマでお礼するっていうツアーを細かく回らせてもらって、25周年のときはいつもみたいに明るくみんなでとにかくこの2時間を楽しみ切るっていう、笑って終われるコンサートにしたかったので、引退前の年のツアーはホールツアーをやらせてくださいっていう。

このくだりを見たり読んだりすると涙が溢れ出す。何も言葉にすることができない。


その後続けて安室さんはこう語っていた。
自分が実際に凄く傷ついて精神的に悲しかったときに、その時のツアーで初日にステージに立ったときに、ファンの皆さんの暖かさがぶうわっと一気に来る瞬間がそのツアーのときにあって、もうふわーって鳥肌が立ったときに、私はSNSとか何かで自分の言葉を発信することはないので、何も言わない私に対して、あたしたちここにいるから、あんたはコンサートのこのステージ楽しみなさい、みたいな、それを感じたコンサートがあって、この人たちが、もう一瞬でも、はぁ!今日のコンサート楽しかった!って思ってくれるような瞬間を作れたら、私はなんか凄く幸せ者だなって。

喋っている合間のインサート映像でLS2014のベビドンが映し出されていたから、LS2014の初日のことだったのかな。もしそうならあの初日のことは私は忘れることができない。週刊誌の件が頭にずっとある中で、Whisperを披露してくれたときに大絶叫し、吐きそうなぐらいに叫び声を上げたのはあのときと、LS2014のファイナル、また遊びに来てねを言った時だけだ。



でもFEELの初日もかなり暖かなムードに私は感じたのよね。安室さんがイヤモニ触りまくって歌うのがめっちゃ辛そうだったのにみんな盛り上げようとしていたように感じた。とはいえ、たくさんの初日を安室さんは経験しているわけだから、どの初日かは分からないけども、安室さんに気持ちが伝わっていたのがとても嬉しい。

そうなんだよ、私たちは安室さんが楽しそうに笑って踊っていてくれるのを見させてもらっているのが楽しいんだよ。何も言わなくなって、というか言わないからこそみんな安室さんのライブにたくさん行きたいんだよ。本当に楽しいライブをいつもいつも披露してくれてありがとう。


引退まであと10ヶ月

どんなことをやっていけばいいでしょう(笑)
でも本当にいつもの自分らしくやれればいいなと。一番はコンサート。とにかくみんなと楽しめる空間作って、みんな来てくれてありがとう!!っていう、なんか楽しい1年になれば私は嬉しいなって思います。

なんかこう引退ってなると、わりとこうネガティブなわりとイメージってあったりするじゃないですか。そうじゃなくて、ひとつの通過点なので、終わりがあればまた次のスタートってのがあるので、この先の人生のほうがもっと楽しいことが待ってるし、もっともっと長いので、新しい発見とか新しい興味とか、その間に見つけた、なんかやってみたいなって思うものがあったらそこに今度は情熱を注いでみるとか。なんかそういうなんか楽しい人生が待っているんじゃないかなって思ったりするので楽しみですけど。


母であること。大きな影響を与えてると思いますか?

それはやっぱりあると思いますね。色んな感情のコントロールの仕方とか感情の入れ方とか、存在の大きさっていうのはやっぱり息子がいたから感じられるものだったので、今の私のものの考え方、見方っていうのは息子の存在があるからこそ今の考え方ものの見方になっているので、あのとき息子を出産していなかったら多分全然違う安室奈美恵がここに座っているか、座っていないか、だと思います。

キャラ弁が流行っていなくてよかったとか、安室さんが子離れできていなくて、息子さんにおめーうぜーよって言われちゃうっていうエピソードも話していたりして、めっちゃ楽しかった。

なんか、こうやって安室さんが語った映像を見ながら言葉を書き起こして熟読し、さらにまた映像を見たりしたけども、今まで安室さんの想いを聴いてみたいと心底思っていたのに、こうやって実際に動いてる安室さんから気持ちを聴いてしまうと、表情や声色、イントネーション、話の速度、インサートで流れる実録の映像など、情報量がものすごく多くて、自分の気持ちも都度色々と沸き起こるから見るたびに表面化される自分の気持ちが異なったりする。

人間って、大量の思考を脳に蓄積できるけど、でもたった今この瞬間に思うこと、書けること、喋られることなど、手段も思考もたったひとつしかできない。だからこそ自分の発する言葉を大切にしていきたいと思っているんだけども、ただここ最近大切にしたいあまりなのか、単に構築を怠っているのか外に向けるアウトプットが非常に少ない。久しぶりに原稿用紙◯◯枚って文字を書いたぐらいよね(多分)久しぶりに長文を書いたからめっちゃ時間かかった上に、長い文章を書くと早く公開したくてすぐさま公開ボタンを押すのに(だから誤字や文章の抜けが多い…)何故か今回は押すのを躊躇している。なんでかしらね。


安室さんがファンのために歩んでくれた5年間、そんなことを全く知る由もなかったのですが、でもその5年間は安室さんを必死で見続けて余すこと無く記録・記憶をブログに書き綴った5年間でした。

安室さんのこの5年間の出来事やライブでの模様を出来る限り残してきたので、ライブの感想はLiveReportから、1年ごとの出来事は下記から辿ってみてください。現在全部で893の記事がアップされていますのでお時間あるときに眺めていただけると幸いです。


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