これからも安室さんの曲で一番好きなのはNobodyだと言っていく - Twitterボットはディーバの夢を見るか
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これからも安室さんの曲で一番好きなのはNobodyだと言っていく

2019/09/30 23:40

2007年、Baby Don't Cryのカップリング曲として発売されたNobody。2005年に発売されたWhite Lightの続編であるこの曲は当初White Lightのカップリング曲としてNobodyは収録予定だったそうだが、Violet Sauceのリミックスに変更され発売が遅れたそうだ。
White Light/Violet Sauce - Wikipedia


私はこの曲が安室さんの曲の中で一番好きだ。その影響でブログのURLもnobodyという単語が入っている。

さてここでいきなりクイズ。昔から読んでいる人ならもしかしたら知っているかもしれない激ムズ問題。

時系列がややおかしいのにお気づきの方はいるだろうか。このブログは、2012年10月24日にスタートさせたのに、10月30日に初めてNobodyのことを書いている。当時の記事を読むと昨日見つけたーと言っている。にもかかわらず、URLにどうしてnobodyの単語を入れられるのだろうか。URLというのは、ブログを開設するときにつける文字列なのになんで過去に遡れるというのだ。(途中で替えることは可能だけど滅多にやらない)

答えは簡単、一度ブログを引越しているのだ。知ってた?
このブログはGoogleのブログサービスを使っているんだけれど、その前に別のサービスを使っていてブログ名も実は違っていたのです。自分でもいつ引っ越したのかさっぱり覚えていないんだけれど、多分2013年の初め頃だと思う。知っている人いたらマジレアです。だって私も知らないし。

そんな前置きはこのぐらいにして本題に。

初めてNobodyを聴いたとき、安室さんの曲のなかで初めて歌詞が耳に残った曲だった。迷いの中で自問自答を繰り返し、これまでの想い出を振り返りながら悲しみと現実を受け入れていこうとする様子がありありと見えた。

音楽を好きになるときの1つに映像が思い浮かぶということがあって、Nobodyがまさにそれだった。手のひらの、指輪に舞い降りる雪。見上げたときに降り注ぐ雪と空模様。雪降る夜空が思い浮かんだ。そんな歌詞はないのだけれど、あなたもこうして聴いてるのかな、のときに空を見上げているような気がした。

いつでも、どんなときでも。
繰り返されるこの言葉に、悲しみが永遠と続いてくような錯覚に見舞われる。

ねえ他にはきっと Nobody (nobody)
あなた以外 Nobody
Nobodyとは「だれも…ない」という意味。

誰も代わりになる人がいない。あなた以外だれも。

でも、だれも〜ない、という意味だけでNobodyという単語を使っているようには思えなかった。

「あなた以外」「No」「body」

意味として「あなた以外誰もいない」であるけれど、あなた以外の「体」も望んでいない、という悲しみの強さをここに感じた。


そんな風にNobodyを解釈していき、2012年以降というのは安室さんをさらに好きになって行く時期へ突入する。聞けば聞くほど、安室さんの楽曲というのは女性の強さを歌う傾向がある。にも関わらず、Nobodyだけは異色のように思えたし、どの曲よりも声の柔らかさがあった。

以前こんなことを書いた。
安室さんの歌で歌詞に惹かれたのはFour Seasonsのみでそれ以外は気に止まらないか好きじゃないものしかなかったのに、Nobodyは初めて自分の過去を思い返してしまって、あーー切な、、、なんて一瞬感傷的になったものの、聴いてるうちに歌詞の物語に浸るようになってた。

自分の好きなアーティストの歌ってわりと日常のちょっとした風景や心情が書かれるのが多くて、小説を読み進んでくような感じで聴く音楽が多かったからそれを安室さんの歌にも感じられるのがとても楽しかった。

最初は「どんな誓いならあなたは守れた」「描いた未来に何が足りなかった 重ねた言葉に嘘はなかった」に対して、ああああああそれわかるぅーーーーー!(どーでもいいから)だったり、「この手のひらの上 指輪に舞い降りる 雪は溶けて痛みは残され」なんてフレーズを聞いた後にふと空を見上げちゃいたくなりません?
どう伝えたら分かってもらえるのか分からないんだけれども、「この手のひらの上」のこのが好きだったりするんです。
Nobodyに使われている全ての言葉が好き。

そうして聞いている内に、この歌って安室さんには珍しくとても感傷的で思い悩んでいる女の子だね、なんて思って聴いていたら他の曲と比べてめちゃめちゃ声がカワイイことに気づき、全てのフレーズが安室さんの気持ちとして聴くようになったらめちゃかわゆくて抱きしめたくなるわけですよ。

で、最初は自分のこととして聴いていた「重ねた言葉に嘘はなかった」を安室さんの気持ちだと思って聴き始めてしまうとめちゃめちゃ愛おしい。抱きしめたい。他の歌詞だってさ、、、ry(エンドレス抱きしめたいループ)
はい、すでに長いので以上で終わり。
物語を感じ情景が見える曲に、私はとても惹かれる。
それに、自分の過去に結びついて思い出したりしたのもNobodyが初めてだった。

好きな曲はたくさんあるけれど、でも他の曲と何が違うのだろうかとここ数日ずっと考えていた。おそらく、別れによる苦悩が描かれているからではないかと思う。

長年、そしていまもずっと持ち続けている思いが言語化され、好きな人の声で客観的に浸れるからではないか。だから他の曲と格別に異なるほどに好きなのではないか。

歌詞の一字一句、同じシチュエーションである必要はなく、同じように思う気持ちがNobodyのなかにある。

だから、いつどこで何度聴いても色褪せること無く、自分の気持ちが安室さんの声でトレースされる。悲しみを思い出すというよりも、癒やしのプロセスかのように悲しみが昇華するように感じる。だからたまに真っ暗闇の中、目を閉じてNobodyを聴くと自然に涙がこぼれる。何かを思うよりも前に。緊張していた気持ちがほどかれニュートラルに戻っていく。

一度もライブで聴くことができなかった曲だけれど、でもライブで聴きたいかと言われると難しい。 一番はカラオケボックスで聴かせてもらうのが望ましい。

今までNobodyのことを散々書いてきたにも関わらず、Nobody単体で記事にしたのは2012年以来1度もなかったことにこのあいだ気がついてビックリした。さっき、Nobodyについてどれぐらいかいてるのかタグで見てみたら、12個しかなくて、少くなっ!単語としてはもっと書いているはずなんだけどタグ付けしてるのはこんなにも少なくて、にも関わらず、多分このブログ読んでいる人なら誰もが知っている気がする。私が大のNobody好きなことを。

でもここまで書いて言うのもなんだけど、1番好きな曲なんて決める必要なんてないと思うだよね。

好きな曲なんて無数にあるしどれも好きでいいと思う。けれど、それでも一番に好きなものを決めたいと思うときがある。

何故なら、何故どうしてどこががどんな風にを何度も繰り返して私は安室さんを好きになっていった。だから最後に一番好きな曲のことを書こうと決めた

ブログの更新を止めますと書いた後に、Nobodyが2012年以来書いていないというのをたまたま気がついてそれ書かないとねぇ、なんて書いたのを数日前に思い出して、最後にふさわしいなって思ったら、昨日とあるトークイベントで渋谷に行ったら上空から安室さんの看板を目にすることができて、やっぱり最後に書く内容としてこんなにもマッチしているものはないと確信した。


長い間、ブログに遊びに来てくれてありがとうございました。ほんと感謝しかありません。

最後に、安室さんへのアンサーの言葉を返して終わりにしようと思います。

私の素晴らしい毎日の中に、素晴らしい音楽の一部として安室さんの音楽が常に溢れています。これからも素敵な安室さんの音楽に触れてたくさんたくさん新しい気持ちに出会っていきます。ファンになって10年、いままでありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。


これを持ちまして、
ブログの更新を終了いたします。
7年間ありがとうございました。

2019年9月30日
Twitterボットはディーバの夢を見るか
https://nobody909.blogspot.com/




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